日和るや忖度…詮索なしに見つめること

こんにちは!心の根っこサポーターのひろどんです。コロナの話題とは別に自民党総裁選の話題で注目度も上がってきてますね。おら自身、国民が関心を持つ与党の総裁選は良いんじゃないかと思っています。

そこで総裁選出馬表明の記者会見の場で、日和るや忖度などの言葉を使ったやじが飛んだというニュースを見ました。確かに出馬に関しては試行錯誤の中で決断したことであり、背景はその人ごとに存在する。

政治だけでなく、おらたち個々にも背景は存在してるわけで、物事を見聞きする上でバックボーンに注目するのは手法としては間違ってはいない。ただ、詮索気味でさぐりあらを探すのはどうかと思う。

本当に物事、日和るや忖度なしにすべて存在るでしょうか?おらは存在はしないと思う。詮索なしに見つめる視線は今ある問題や課題、選択肢。確かに課題など生まれる背景は色々あると思うし、原因があるのであれば解決して次に向かう。今までではなくこれからどうするのか?に見つめることを移さなければ、発展はない。

色々あって今があるわけだから、これからに期待してみませんか?過去は変えられないけれど、これから迎える未来はいくらでも変えられる。綺麗事だと言う意見もあるでしょう。綺麗事は汚れのないシンプルなことだから、複雑化した人間模様の中で生きていると汚れのないという雰囲気は居心地も悪く感じるのだろうけれど、本音はシンプルな環境で過ごしたいはず。

そう思ったら、日和るや忖度とかに目を向けるより、ビリーフはなにか?自分軸は何なのか?しっかり見つめて自分を発信していけたら良いですね。野次もときに正しいことは何なのかを教えてくれる。排除の倫理ではなく、なぜに野次が生まれるのか?せめて心を広く持ちたいですね。おらは心広く過ごしてるかというとまだまだ勉強が足りないです。

今日の参考記事に「日和る」というワードに注目した意味や使い方を紹介しているサイトリンクを貼っておきますね。参考までに。Oggi.jpさんからの記事です

「日和る」の正しい意味と使い方を解説! 類義語や英語表現も要チェック

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